小説「DIVE(ダイブ)」のアニメネタバレです。今回は上巻をメインに紹介します。

DIVE(ダイブ)は2017年夏アニメとして放送されて、水泳の飛び込み競技を題材とした内容になっています。

あまり飛び込み競技を題材にした作品は多くないと思うので、新鮮な感覚で見れると思っています。

今回はそのDIVEを、原作小説から内容紹介したいと思います。まず今回は上巻から!

※この記事には「DIVE」上巻のネタバレ内容がガッツリ記載されています。マンガやアニメを見るよ!という方は閲覧にご注意ください。

スポンサーリンク

DIVE上巻ネタバレ!

一部 前中返り三回半抱え型

知季、レイジ、陵は大手スポーツメーカー「ミズキ」の直営する、現在赤字経営で存続の危機が囁かれているダイビングクラブ、MDCに在籍している。

ミズキの会長は飛び込み業界を盛り上げるために頑張っていたが最近他界、それにより指導者も不足してしまった。

MDCに勤める富士谷コーチの息子エースの要一は、三年連続中学生チャンピオンの実績を誇り、高1にしてインターハイの最有力選手として注目されている。

元飛び込みのオリンピック選手だった富士谷敬介と、同じく元飛び込み会のマドンナ的選手だった母親から生まれたサラブレッドが要一だった。

だがある日クラブに20代半ばの女性コーチ麻木夏陽子がやってくる。

夏陽子は徹底的に基本を重視したトレーニングを生徒たちに命じ、知季には専用の自主トレメニューを作った。

夏陽子の指摘はとても的確で、練習を重ねていくうちに知季は少しずつ自分の実力が上がっていることを実感するようになる。

夏陽子は6歳から14歳までの8年間をニューヨークで過ごし、8歳で飛び込みを始めた。

高校卒業後、今度は選手としてではなく、コーチの卵として単身アメリカに渡った。理由は日本に戻った時、MDCのコーチに就任するため。

夏陽子は日本にはない技術を身に付けたかったので、6年間アメリカのクラブでコーチングを学んできた。

夏陽子は他界した水木会長の孫であり、祖父の意志を継ぎ弱小クラブのMDCを立て直そうと言う熱意があった。

しかしMDCを存続させるためには、来年のシドニー五倫にMDCから日本代表選手を送り出す、それが条件だった

来年のオリンピックまであと約1年半。4月か5月に開かれるだろう代表選考会までは一年強。その話を聞いたとき知季は無理だと思った

だが要一は飛び込みはマイナスポーツだから選手層は薄く、誰にでもチャンスがあるんだ、と興奮気味に知季に諦めないよう言う。

知季だけは夏陽子から自主トレのメニューをもらっており、陵とレイジはもらっていない現実があった。知季は才能に溢れているのだ。

だが陵とレイジは夏陽子に特別視されている知季に対し嫉妬するようになり、2人は知季を突き放してしまう。

だが知季はオリンピックに行きたいなんて一言も言ったことがない。知季は状況の変化に困惑していた。

知季には未羽という彼女がいたが、正直知季は未羽のことが好きかどうか分からないでいた。

しかしオリンピックを目指せと言われた知季はナイーブになっており、未羽はそれを励ましてくれたので、その時知季は初めて未羽のことを愛しいと思った。

陵とレイジの件もあり、知季は3日練習をサボった。仲間と気持ちは繋がっている、知季はそう思っていたからこそショックだったのだ。

だが要一は言う。でかい会場で10万の観衆を沸かせたいなら、側にいる1人や2人の事は忘れろと。要一の励ましは知季にとって嬉しかった。

飛び込みは続ける、とにかく頑張る、知季はそう決めた。

夏陽子は青森へ出張していたが、津軽から沖津飛沫という生徒をMDCに連れてきた。昭和の初めに天才ダイバーと騒がれた沖津白波と言う男がいたという。

映像は残っていないが、それまで誰もが見たことがなかったような飛び込みで一躍脚光浴び、活躍した伝説の天才選手だったらしい。

飛沫はその天才の孫であり、元ミズキ会長が飛沫に目をつけていたらしく、その意志を継ぎ夏陽子がダイバーとしてスカウトしてきたのだ。

要一は早速飛沫に対し挑発的に「飛んでみろ」と言った。そして飛沫は飛んだ。

瞬発力、踏みきりの強さ、ジャンプの高さ、見ていた知季は仰天した。巨体を生かした豪快な空中演技、破天荒な入水。

要一と飛沫、2人の飛び込みのどちらが上なのか、今の知季には分からない。技術の高さでは要一が圧倒的に勝っている。

しかし飛沫には要一にはないパワーと個性があった。

その後知季は久しぶりに陵と話をした。陵は知季のスポーツマンらしからぬ無力そうな顔にムカついていたらしい。

マンガなどの世界では、最後には知季のような無欲そうな奴が大体勝っている。そう思うとやりきれなくなる、そう陵は愚痴をこぼしていた。

知季も陵の考えていることを少し理解した。

8月に北京で大きな合宿がある。参加人数は男女各3名。そのメンバーを決めるための選考会が7月末に開かれる。

日水連はこの6人の中からオリンピック選手を育てる気らしく、荒い道ではあるが合宿に参加するのがオリンピックへの1番の近道なのだと夏陽子は言う。

選考会まではあと4ヶ月。要一、知季、陵、レイジ、飛沫、MDCの彼らは選考会に向けて練習を始めた。

そして4ヶ月後の選考会までに、「前宙返り三回半」と言う大技を身につけろ、と知季は夏陽子から課題を出されてしまう。

7月頭。知季は練習の末、三回半を成功させた。そこから日に日に三回半の成功率を上げ、選考会まであと三日。

絶好調な知季だが、ここで何とハプニング。年子なのに同学年である弟「弘也」に、未羽という彼女を取られるという事件が起こる。

未羽をおざなりにしてきた知季、一方ずっと未羽が好きだった弘也。当然の結果だったのかもしれないが、彼女を盗られた知季はとても悔しかった。

念願のアジア合同強化合宿への参加権をかけた選考会はもう明日。しかし知季は彼女を盗られたショックで練習を休んでしまった。

選考会が近いのに練習をサボっている知季の家に夏陽子がすっとんできた。知季は弟に彼女を盗られたことを夏陽子に打ち明けた。

ここで夏陽子は珍しく自分の話をし始めた。飛び込みをやっていた頃に自分の限界を感じたこと。

沖津飛沫という才能ある男に目をつけ、祖父がどうしても飛びこみをさせたいと思っていたことなど、そういった事を知季に話した。

夏陽子も最初に飛沫を見た瞬間巨大な才能を感じたが、MDCに来てみたら、もしかしたら飛沫よりも才能があるかもしれない選手がいたのだとか。

一人は要一。二人目はまだ未完成だけど素晴らしい素質を秘めた知季だった。だが今自分が見定めた選手が、弟に彼女を盗られたくらいでめそめそしている。

悲しくなった、と言って夏陽子は知季の部屋を出ていった。知季はそう言われて恥ずかしくなり、今がどん底だと思った。

選考会当日。知季はやってきた。知季は今まで青春を捨てて飛び込みをやってきた。

だが自分が捨てた生活をエンジョイしていたのが弘也であり、そういったことが悔しかったんだと自分の気持ちに気づいた。

だが今は飛びこみをすることで自分が選ばなかったものを超越したいと感じ始めている。それを聞いた夏陽子は精神まで知季は本物になり始めていると感じた。

夏陽子曰く知季には「ダイヤモンドの瞳」という武器があり、四回半を身に着ければ更なる武器になることを告げた。

つい最近やっと三回半ができるようになったのに、四回半など果たして可能なのか?知季はこの時そう思っていた。

スポンサーリンク

二部 スワンダイブ

8月のアジア合同強化合宿の参加権をかけた選考会が始まった。松野清孝、ピンキー山田、辻利彦、炎のジロー、要一がライバル視する強敵の名前だ。

そしてMDCの他のメンバーも誰もがそれぞれ皆ライバルなのだ。飛沫は初めての試合だったので、自分でも気づかぬうちに緊張していた。

試合前半の制限選択飛びが終わった段階では要一が1位、次いで緊張していたにも関わらず、飛沫が高得点を叩き出し2位。

3位はピンキー山田、そして何と知季は4位という好成績を残した。ちなみにレイジは11位。陵は最下位の16位。

休憩中の飛沫の元に夏陽子がやってきて「縮こまった演技をするな」と注意しにくる。

実は飛沫は腰を故障していることを隠していたのだが、そんなことは夏陽子も一緒に住んでいる大島コーチも気付いていた。

今後も無難な演技を続けていれば2位にはなれるかもしれない。

けれど皆の記憶に残るような飛び込みを見せたいなら、本来のダイナミックな飛沫独自の飛び込みを見せるべきだと夏陽子は言う。

もし自分の飛び込みをして人前で自分を出し切る快感を覚えたら、飛沫はきっとそれを永遠に忘れないし、今後もその一瞬の為に飛べるはず。

そう夏陽子は言い切った。それを聞いた飛沫は触発され、遂に本気でオリンピックを意識するようになる。

飛沫の祖父、沖津白波がオリンピックを目指して上京した時は、村の希望だとワクワクしながら村人たちは送り出した。

しかし白波が結果を残せず帰ってきたことを知ると村人たちは手のひらを返し、夢破れてこそこそ戻ってきたとあざ笑った。

幼い頃の飛沫はそんな村人たちに憤ったが、同時にやはり何か見える形で結果を残さないと、何も残らないんだと思っていたのだ。

飛沫は今の自分は初めての試合、ジャッジ、観客、ライバル、海にはない全てを恐れていたのかもしれない、そんな自分を認めた。

途端体が軽くなり、必要な力だけが残り、そして飛び立った。前中返り一回半二回ひねり自由型、今度は飛沫は大きな水しぶきをあげて飛び込んだ。

さっきと違う演技に困惑したジャッジたちは低い点数をつけたが、その後も2回、3回と飛ぶたびに観客は飛沫の演技に注目するようになる。

1位は要一なのに飛沫の方が注目され観客を魅了している。その事実、嫉妬や屈辱を強い精神で押さえつけ、要一は最高の演技ではねかえした。

「リップ・クリーン・エントリー」。海外のトップ選手でもめったに見せない入水を要一は初めて表舞台で成功させたのだ。

そして要一はこの時点で不動の1位をものにした。自分の演技を選んだ飛沫はもう圏外だが、知季は高得点を出せばまだ3位以内に入れる可能性があった。

その知季がラストに持ってきたのは前飛び込み前宙返り三回半抱え型。しかも知季は何と本番で三回半を成功させた。

中二という若さで大技を成功させたが、3位入賞には届かなかった。そして飛沫の最後の演技。観衆が飛沫の演技を目に焼き付けていた。完全燃焼した飛沫。

急降下している最中に飛沫は「ジジイの奴、この快感を知っていやがったな」と思った。

順位。1位は要一。2位松野清孝。3位辻利彦。そしてこの試合を参考に、アジア合同強化合宿の参加者が決められるが、まず要一が選ばれた。

続いて松野も選ばれた。だがこの選考会にはアジア随一の名指導者と謳われる孫コーチも会場で試合を見ていたのだという。

その結果3位ではあるが、辻の演技はいくら作戦とはいえ縮こまっており、世界とは戦えない、力不足、そう孫コーチは判断した。

孫コーチが「成績よりもむしろ未知の可能性にかけるべきじゃないか?」と言ったので、日水連は未知の可能性がある飛沫を選んだ。

だがMDCは飛沫が腰に故障を抱えているので辞退した。孫コーチの合宿内容はハードだし、今は日本で腰の治療に専念するべきだと考えたからだ。

そこで次に孫コーチが選んだのが知季だった。

夏陽子と飛沫は二人きりになった。まず夏陽子は勝手に辞退したことを飛沫に謝罪した。きっと伝えたら飛沫は合宿に行きたがっただろうと思っていたからだ。

選考会で飛び込みの快感を知った後なら、また腰の故障と付き合いながら、飛沫は飛び込みを続けるだろう、そう夏陽子は思っていた。

だがオリンピックは今後どうなるのか、それが飛沫には気になった。故障を抱えた自分に来年のオリンピックはない。

だが来年でなくともこの先オリンピックはあると夏陽子は言ったが、しばらく時間がほしい、この先のことは自分で決めると言って飛沫は話を打ち切った。

次の日飛沫はMDCの練習を無断で休み、地元青森に帰ってしまった。

飛沫は津軽へ帰り、恋人の恭子と久しぶりに再会しする。そのまままったりと日々を過ごした。

だが数週間たった頃、今もまだ祖父白波を被害者扱いし、白波を蔑んだ人々を恨んで、その呪縛から逃れられない飛沫に対し、恭子は怒り、叱った。

白波自身が何を思って人生を生きてきたのか、それを調べるべきだと恭子は言った。だが飛沫は以前に同じことを思って資料を調べていた時期があった。

そんな時に夏陽子が津軽に現れたのだ。MDCを設立したミズキ会長は、若かりし頃の白波の映像を持っていたのだという。

自分がオリンピックに行ったら、その時は白波の映った16ミリテープを渡してほしい、それが飛沫と夏陽子が交わした契約であり、東京に来た理由だった。

東京で天才児ともてはやされ、村では後ろ指を差され続けた祖父。何を思って生き、孫に飛び込みを教えていたのか・・・・。

飛沫はそのテープに全てが詰まっているような気がしていた。でももう飛沫は来年のオリンピックには出れない。契約もないし、もういいやと強がった。

だが夏の終り頃、北京合宿を終えた要一と知季が飛沫の家を訪れた。彼らは合宿に参加できなかった飛沫を前にして、遠慮もせず北京合宿のことを語った。

合宿がハードだったこと、外国選手、特に中国選手の凄さ、そして最後の試合で要一は3位に入り、知季が33位だったこと。

話を聞いているうちに飛沫は「自分は何をしているんだろう・・・」と思った。そんな話をしながら要一と知季は飛沫の家に泊まっていった。

飛沫は恭子のことを思い浮かべながら眠っていたが、なぜか要一や知季が泊まりに来た日の方がぐっすり眠れた。

翌日。後4日で新学期だが、飛沫は東京に帰るのか、要一は尋ねてみた。だが飛沫は三回半も腰の故障でできない自分が何を目指せるのか悩んでいた。

三回半もできないで世界を目指している選手などいない。確かにダイバーにとって新しい技を成功させた時こそ歓喜の時、それが奪われてしまったら・・・。

要一もその感覚は痛い程分かっているが、ここで夏陽子から預かっていたビデオと手紙を飛沫に渡した。

夏陽子は契約がなくなったからビデオを飛沫にくれたのだ。そして手紙には祖父・水城真之介の話が書いてあった。

水城真之介は白波より2年早い大正七年に生まれ、18歳でベルリン五輪で代表に選ばれたという。

結果日本は四位入賞したが、今後日本はきっと世界についていけない、真之介はそう思っていた。

ある日、とある民俗学者から津軽の断崖から飛び込む若者がいることを聞き、真之介は実際に津軽に行って当時16歳の沖津白波のダイブを目撃した。

白波の独特な飛び込みを見た真之介は衝撃を受け上京を勧めた。上京後白波は真之介の家に泊まり込み練習を開始。

だが時代が悪く、二人は戦争に駆り出されてしまった。そして戦争が終わった頃白波は25歳になっていた。

ピークは過ぎていたが白波は選手として再度トレーニングを始め、真之介は専属コーチとなった。

兵庫で開かれた第一回国体で白波は初めて大勢の観衆を前にして飛んだ。これが未だに伝説となって語り継がれている伝説のダイブだった。

ピークを感じさせない、観客を総立ちにさせる素晴らしいダイブだった。それを見た真之介は2年後のロンドン五輪でメダルを取れると確信した。

だが、白波は飛沫同様この時既に腰を痛めていたのだ。国体での迫真の演技は、最後の力を燃やし尽くした結果だったのだ。

その後白波は引退し、腰の故障を見抜けなかった真之介も責任をコーチを退いた。その後真之介はスポーツ用品店を開き事業を拡大させていく。

ある日白波が他界したという知らせが入り、真之介は津軽に足を運んだが、その時断崖から飛び込む飛沫の姿を見たのだ。

そのダイブを見た時、真之介は宿命を感じ、どうしても飛沫をダイバーにしたいという夢ができた。

MDCを立ち上げ飛び込み業界を盛り上げようとしたが、志半ばで真之介は他界。そしてその思いを夏陽子が継いでいる。

腰を治療し、折り合いをつけて飛び込みを続ければ、飛沫は持っている天分を活かし、まだまだ活躍できると夏陽子の手紙には記してあった。

そして飛沫は白波のビデオを観る。若き日の16歳の白波はとてもいい笑顔で練習していた。

それを見た飛沫は目頭が熱くなり、東京へ、夏陽子の元へ戻っていく。確かに腰の故障で大技は出来ないかもしれない。

しかし飛沫には純粋な飛び込みのキレイさ、大技に頼らない飛び込み「スワンダイブ」ができる可能性がある、そう夏陽子は言う。

それを聞いた瞬間、飛沫は希望を持ち始める。だがその時突然、夏陽子にあまり良いとは言えない知らせが入った。

日水連が来年の四月を待たずに次期オリンピックの代表を内定したらしい。選ばれたのは二人だけ。

一人は寺本健一郎という桁違いの実力者。そしてもう一人は要一。なぜこんなに早くシドニー代表が決まってしまったのか。理由はまだわからなかった。

DIVEの関連記事

下巻:DIVEネタバレ(下巻)!オリンピック日本代表は誰か結末まで